薬局業界に感じた異質さ

ここ数年間は空前と言って良いほど、薬剤師の雇用は売り手市場です。
医薬分業の進展もそうですが、薬学部の課程が6年に変わったことが最大要因でしょう。

私がサポートしていた薬局チェーンも慢性的な薬剤師不足に悩まされていました。
この時期、今でもそうかもしれませんが、薬剤師の転職支援エージェントは相当儲けたことと思います。

この頃、私が薬局チェーンを人事面でサポートすることになったのですが、普通の民間企業で育ちその範囲の思考から抜け出せていなかった私はいくつかの点で驚きを感じました。
その内のいくつかを以下に述べます。


1.賃金は年収ベースで語ること
基本給、残業や休日出勤手当、家族手当、住宅手当、そして賞与など項目ごとにいくらなのかという話は一切なく、基本的に全て税込年収で語ります。
薬剤師を雇用する時、あるいは賃金について交渉を行う時は、年収でいくら支給してくれるのかを労働条件交渉のメインの話題としてきます。


2.労務管理はほぼ不在
上記の通り、残業や休日出勤分は見込んだ上での賃金ですから、互いに想定している範囲を大きく超えない限りは、その他の労働条件はあまり問題視しません。その結果、労務管理は疎かになってしまいます。

例えば、「業務終了時間は患者さんの対応が終わったとき」と労働契約に記載されていることが多くありました。薬局の特性上、閉店時間は上記の通りで当たり前なのですが、業務終了時間は労基法上、予め定めないといけません。

しかし、年収で賃金は決まっていて、その中に「業務終了時間は患者さんの対応が終わったとき」と記載されており、薬剤師もそれが当たり前と思っているので疑うことも不満を持つこともありません。
さすがに想定している時間を大幅に超過することが多くなれば別ではありますが。

この結果、一般の企業で行われている「労務管理」は不在と言って差し支えありません。
無論、これは個別差がありますが、小さな規模の薬局であればどこも同じ状況ではないでしょうか。(これはあくまで推測ですが)


3.小規模チェーンや個人経営店では人事制度は未整備
年収ベースでの賃金の取り扱い、労務管理を重視していないという二つの特徴から等級や賃金などの人事制度を整備しているところは稀だと思います。

私がサポートしたチェーンは、M&Aを重ねて規模を拡大してきましたが、店舗数増加による店舗間異動、店舗間の応援の増加などで生じる賃金の変更を個別に行うことが困難になり、人事制度を構築・導入することになりました。



年収で賃金を語ることの弊害

賃金を年収で考えること。別に構わないのですが、私は問題が多いと思います。
特に今後、「かかりつけ薬剤師」として活躍の幅が広がるにつれ、問題が顕在化すると思います。

「かかりつけ薬局」「かかりつけ薬剤師」への機能変化は、事実上、業態の変化です。
24時間体制、急な要請への対応、スキルの拡張など、薬剤師の仕事は見た目には同じでも、その労働の実態は激変します。

以前にも述べた通り、「かかりつけ医」の多くはオーナー医師、つまり経営者です。
経営者の場合、労働基準法の適用は受けませんから24時間×365日体制で業務を行おうが、極端な話ですがサボっていても労務管理上は問題ありません。

しかし、薬局勤務の薬剤師の殆どはそもそも被雇用者ですから、労働基準法の適用を受けます。
この事も前回述べました。

望むと望まざるとに関わらず、勤務の実態に伴うきめ細かい労務管理が必要になっていきます。
それは勤務日数、勤務時間、休日、休暇、そして賃金に至るすべてに掛かります。

かかりつけ薬剤師として業態が変化しているにもかかわらず、今後も年収で語るのでしょうか。
雇う側も24時間勤務に対し、「ぶっ込み」で賃金を提示するのでしょうか。

労基法上の問題は言うまでもなく、「労働の対価」を正確に認定することを疎かにすることは、自身の労働の価値を疎かにすることと同義です。

薬剤師の社会的価値の向上を目指すならば、まずは年収で語るという悪しき習慣を廃止すべきと思います。



薬剤師の年収は低い

それはそうと薬局勤務の薬剤師の年収は低いと思います。
WEB等では平均で510万程度と言われています。
私も同様の認識です。

一方、大学卒業者の平均年収は680万円ということですから、薬剤師の低さが際立ちます。
(いずれも「平均年収.jp」より引用)

学費の高い薬学部(私立だと年間200万円)の6年課程卒業が条件ですから、単純に計算して1200万円。あとは入学金や諸経費、通学費用や場合によっては下宿(古いか!)た仕送りなども。

一方、普通の文系学部であれば、70万円前後×4年間ですから、単純に授業料だけの比較であれば4倍以上の差があります。

学費にいくらかかったかはまあよしとして、難関の大学を出て、国家資格を持ち、医療の分野で重要な役割を担っている割には低いと思います。

一方、一日に取り扱うことができる処方せんの枚数上限(40枚)を考えると、「頑張れば頑張っただけ儲かる」というビジネスモデルではありません。
実際、そのルールが遵守されているかどうかは微妙なところですが、それでも物理的に考えると、毎日その倍をこなすことは不可能でしょう。

つまり、法律が薬剤師の年収が増えるように改正される以外は劇的な変化はないということです。


私は賃金がその人の労働価値のすべてだとは決して思いません。
しかし、薬剤師の賃金の高さは、彼らの労働価値を表しているかと問われれば、もっと高くてもいいのではないとは思います。

薬剤師の場合、年齢を重ねても(少なくとも現時点では)国家資格に基づき需要はあるとは思います。
これは一般のサラリーマンと大きく異なるところです。
しかしその分を考慮しても、もっと高くてもいいのではないとは思います

私はまた、賃金はモチベーションを向上させる動機となるもの(動機づけ要因)とは思っていません。
ただ、一定額の賃金が安定的に得られない場合は、モチベーションを下げる動機(衛生要因)となってしまうリスクを包含するものと思います。

高い社会的責任を背負う薬剤師。その社会的責任は「かかりつけ薬剤師」の機能に対する要請が強まれば、さらに高まっていくことは疑うべくもありません。
そうであれば前記の大学卒業者の平均年収よりも高い賃金が実現されてもおかしくないと思うのですが。

医療費の高騰は社会的課題であるということを十二分に認識した上で、そのように思います。



転職が多い薬剤師

冒頭、私が感じた薬局の異質さについて触れましたが、そこで述べていないことを述べます。

それは、「転職する人が多い」ということです。
これは私自身の実感ですが、実態としてもそのようです。
 出典 http://yakuzaishi-guide.com/about/times.php

前述した転職支援エージェントの影響もあるのだとは思います。
しかし、「賃金を含む、より良い労働条件」を求めて転職を繰り返す人の割合は、一般のサラリーマンのよりも多いと思います。

「売り手市場において求人が多く、求められるところに行ける」
「転職を視野に入れて勉強をしてきている」
「まじめに仕事に取り組み、職場の方々とも仲良く働いてきた。ネガティブな転職ではない」

など自らの転職を肯定的に受け止めているのも薬剤師の特徴です。
ところで少しでも高い賃金を示してくれる、イコール、自分の値を認めてくれている。
そのように感じているのでしょう。

私の経験のみの話になりますが、複数回の面接を行い、労働条件に合意を得て、転職支援エージェントに多額の紹介フィーを支払い、ようやく雇用(薬剤師から見ると転職)したにも関わらず、数日で辞めていく薬剤師は決して珍しくありませんでした。

「雰囲気が合わない」「経営方針に納得できない」「自分のやり方で仕事ができない」
などが主な理由だったと記憶しています。

数日ということを考えると、いずれも理解しがたい理由です。



薬剤師さんのマインドアップに期待する

転職は個人の意思ですから、これをとやかく言うつもりはありません。

しかし、今後は「かかりつけ薬剤師」への変革を考えた時には、これをどう捉えるでしょう?
この主語は、「患者さんたちは」です。


「かかりつけ医」は地域に根付いているからこそ、地域の患者さんに受け入れられているのだと思います。これは言うまでもないでしょう。

無論、その地域性だけではなく、医療の技術や人間性もかかりつけ医として受け入れられる重要な要件だとは思います。
一方、医療の技術が高く、卓越した人間力を持つ医師であったとしても、かかりつけの機能を果たそうとすれば、地域に根付いていなければそれは難しいと思います。

やはり地域との強い関係はかかりつけ機能における最重要の要素だと思います。

そのように考えた時、自らのより良い条件を提示するところへ移っていくジプシーな薬剤師を自らのかかりつけ薬剤師として考える患者さんがいるのかどうか。
これは疑問と言わざるを得ません。

その社会的使命を考えるとき、滅私奉公とは言いませんが、自らを頼ってくれる患者さんにどう向き合うのか。

このように考えるとき、被雇用者がマジョリティを占める業界で本当に「かかりつけ薬剤師」が浸透するのか、この点でも疑問です。

しかし、まずは自らの雇用形態がどうであろうと、より良い労働条件への興味が沸くとしても、まずは患者さんにどう向き合うのかを一人一人の薬剤師さんが考えてくれないことには、この政策は考案者の独りよがりで終わるし、結果として期待した患者さんを裏切ってしまうことになるのではないでしょうか。


yakuzaishi_nihongo



最後に

色々と、しかも長々と書いてきましたが、いよいよ終わりです。

さて、悟りを開かれた偉い仏さまを「如来」と言いますが、その中に「薬師如来(やくしにょらい)」という仏様がいらっしゃいます。

歌手のさだまさしさんは、薬師如来のことを「私たちの健康を約束してくれる仏さま」と表現されていましたが、まさしくそうで、薬師は「やくし」と読みますが、本来は「くすし」であり、これは医師であるという意味合いです。

昔は、「くすし」つまり薬剤師がお医者さんだったので、「医師如来」ではなく「薬師如来」なのです。
今では、医師と薬剤師は明確に区別されていますが、過去は同じだったのです。
  • 身近な健康相談相手である薬剤師さん
  • 医師とは違う視点で健康に関わってくれる薬剤師さん

「私たちの健康を約束してくれる」というのは言い過ぎでしょうが、しかし、健康を支えてくれる存在であることに異論があろうはずがありません。

そういう意味では、「かかりつけ薬剤師」でなくとも、気軽に頼れる薬剤師さんが身近にいれば、これほど心強いことはありません。

このことを最後に申し上げます。


色々と問題提起をしてきました。
嫌事も申し上げました。

しかし、すべては薬剤師さんへの期待の表れであると理解して頂ければ幸いです。
これは薬剤師さんにお世話になっていて、その存在に有り難さを感じている私の実感です。

最後の最後に薬剤師さんにこのように申し上げます。

「いつもありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします」


(おわり)

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。 
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